nozomunの幻想都市紀行

2 キリコ

ジョルジョ・デ・キリコの絵を見ていると、ポートランドのことを思う。たとえばこの絵。

画集表紙
*画集『DE CHIRICO』2017 TASCHEN 表紙〈Mystery and Melancholy of a Street〉 「路地の不可思議と悲しみ」1914

画集の表紙に掲げられた絵の、何とも言えない懐かしさといったらどうだろう。古代のような、今のような、自分の見知った場所のような、既視感に溢れた絵だ。だが、絵がちょっとおかしい。

建物や道の描き方は遠近法が強調されているが、お互いの消失点はずれている。日が差した道の消失点は手前に向かっている。日差しと影の関係も矛盾していてヘンだ。

ところが、しばらく見ていると、ちっともヘンではなくなる。この描画しかない、とまで思えてくる。それとともに、いろいろな思いが押し寄せてくる。物が〈在る〉とは何か? 〈道〉とは?〈光と影〉とは? そして宇宙と時間の中に在る自分のことが思われてくる。

絵をよく知る人なら、もっと深い思いに誘われるかも知れない。巖谷國士(いわや・くにお)のように、ヨーロッパの町を自分の庭さながらに歩きつくしたシュルレアリスムの専門家なら、なおさらだろう。

ジャメ・ヴュ(未視感)とデジャ・ヴュの混淆。正反対のようでありながら、底を通じているようでもあるこのキリコの視覚、キリコの印象を、私もまた、かつて北イタリアの町のあちこちで、共有することがあったように思う。そのたびに、ルネサンスという言葉が、ふつうとはちがう力をもちはじめていたのかもしれない、とも思う。

ルネサンスとは、いうまでもなくフランス語で、再生、蘇生、復興を意味する言葉である。歴史上のある時期に、それまで失われていたと思われていた文化の記憶が、いっせいによみがえるといった現象をさしているのだろう。

「ヨーロッパの不思議な町」表紙
*『ヨーロッパの不思議な町』巖谷國士、筑摩書房1990年、ちくま文庫1996年)

『ヨーロッパの不思議な町』には、キリコが形而上絵画を盛んに描いたフェラーラも登場する。その地で巖谷の想念は思いがけない広がりをみせる。

キリコの絵画世界はむろん北イタリアの町々にかかわっているが、しかし、じつはこの国の全土にわたって、準キリコ的、偽キリコ的、あるいは超キリコ的な町々がちらばっているのではないか、とも思われる。といっても、どの町もみな似かよっているという意味ではない。それぞれの町に別のキリコがひそんでいてもおかしくはない、というレヴェルのことである。『同書』

歴史が幾層にも重なった町々からふいによみがえり、立ち上がる文化。それがルネサンスで、キリコはルネサンスが立ち上がる契機だ。イタリアだけではなく、ヨーロッパ全土にキリコがひそんでいる、という感覚が広がる。

では、キリコ自身は、何によって〈キリコ〉を立ち上げたのだろうか。始まりはこの絵だったらしい。

キリコ画集の1ページ
*画集『DE CHIRICO』2017 TASCHEN 16-17p 〈The Enigma of an Autumn Afternoon〉 「ある秋の午後の謎」

キリコはこの絵を描いたときのことを「ある画家 の瞑想」(岩倉翔子訳)でつぎのように書き綴っ た。

ある澄みきった秋の午後、私はフィレンツェ のサンク・クローチェ広場の真ん中のベンチ に坐っていた。もちろんはじめてその広場を 見たのではなかった。(中略)その広楊の中央 には、長い上着を着て自分の作品を身体によ せてしっかりと抱き、物思いにふける頭に月 桂樹の冠をいただいたダンテの彫像がたって いる。(中略)その時私はこれらの物をはじめ て眺めるといった不思議な印象をもち、その 絵の構図が私の心の眼に明らかにうつった。

「25人の画家(25)キリコ」表紙
*『25人の画家(25)キリコ』中原佑介・編集 解説、講談社1981年

よく知っている広場を、キリコは初めて見るよう に感じたのだが、この感覚はキリコだけのもので はなく、ある面では人類の共有感覚かもしれな い。キリコは、現実の向こう側を見たのだった。