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1/2 サリンジャー/金子光晴

 元旦は『マティスを追いかけて』に句を付けた。「うーん、追いかけてかあ。ザ・ピーナッツかなあ」と思案投げ首。窮して「子年明く此処よりキャッチャー・イン・ザ・ライ」としたら、返歌のようで面白いとお褒めに与る。

 『The Catcher in the Rye』はボクが生まれたころに書かれた。サリンジャーは三〇歳だったか。大学時代に野崎孝訳で『ライ麦畑でつかまえて』を読んだ。『キャッチャー・イン・ザ・ライ』の書名は村上春樹訳の方だ。村上訳は本屋で手にしたけど、少し馴染めなかった。今回は七・五を整えるのに好都合なのでこちらを借用した。

 久しぶりにサリンジャーを思った。ヘミングウェイの分身はニックだが、サリンジャーの分身はホールデンだ。『ライ麦畑』のホールデンの言動は相当奇妙で、だけど子供から大人になりかけは、こんなことが当たり前だったかも知れない。子供たちがたくさん遊んでいるライ麦畑で、崖から落ちそうな子供をキャッチしてあげる大人になることが望みだなんて、本当に奇妙だ。

 ホールデンは他人や社会を容れることができなかった。他人や社会がありありと見えていたのだ。ウソや誤魔化しや上っ面やエラソーや虚栄や保身がすべて見えてしまって、そうした自分をうまく扱えなかった。だから奇妙なことしかできなかった。奇妙にしか生きられなかった。

 サリンジャーは多くのこどもが通過するこの時季を、三〇代で手放さず、それ以降も放さず、やがて若い人としか親和できなくなり、書くことができなくなった。誰にもあるけれど誰もが持続できるわけではない透徹した不寛容。

 金子光晴を思う。『絶望の精神史』で金子は人間と社会の愚かしさをありありと見透した。ために他と親和できず、一方で激しく親和を求め、自分と折り合えず、自分との折り合いを激しく求めた。そうして奇妙な生き方を続け、絶望を深めていった。明治、大正、昭和の、各時代の絶望の象徴と自身の絶望との相克を精緻に書き上げ、上梓したのは七〇歳のときだった。

 七〇歳を過ぎた暮らしの中でこんな人たちを思うのは、なかなか骨だなあ。

NozomN