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1/8 七草がゆ/唐土の鳥

 昨日は七草がゆだというので、ふた草がゆみたいなのを食べた。毎年のことだがボクが「春の七草は何だったっけねえ」というと、家内は「せりなずな、ごぎょうはこべらほとけのざ、すずな、すずしろ」と即座に答える。続いて、「秋はね、はぎおばな、くずなでしこおみなえし、ふじばかま、ききょう」と同じような節回しで披露する。

 ボクの家が風習に関心を持たなかった一方、家内の家は風習文化をしっかりと抱え込んでいた。そのためボクと家内との間の文化格差はずいぶん大きかった。ボクがお盆というものをハッキリ理解していなかったのも仏壇や神棚とは無縁の生活をしていたためだ。結婚してからは、母はこれは便利とばかりに、冠婚葬祭のあれこれを家内に問合せていたくらいだ。

 七草がゆだって知ったのは結婚してからで、ついでに「なな草なずな、唐土の鳥が、日本の土地へ渡らぬ先に」という囃しも教えてもらった。後になって、昭和三三年に発行された本山荻舟著の『飲食事典』(これも家内の蔵書)を見ると、「ななくさ」の項の中に、「~民間では(一月)六日の夜から『七草囃子』と唱えて小桶の上に俎板(まないた)を載せ、青菜とナズナとのほかに火箸・擂木(すりこぎ)・杓子・庖丁・割薪をあわせて七種とし、その年の恵方(えほう=正月の神様が来臨される方角)に向かって拍子を取りながら『なゝ草なずな、唐土の鳥が、日本の土地へ、渡らぬ先に』とはやし立てて、若菜を刻む風習があった」とあった。

 なるほど、七草がゆとは春の七草すべてを入れたものではなく、青菜とすずなだけのことだったのか。ついでだが、お囃子で「唐土の鳥が、日本の土地へ、渡らぬ先に」の後には、「打ち払う」が省略されているらしい。つまりは大陸からの毒鳥の飛来を警告するお囃子だったということで、鳥インフルエンザの蔓延への警戒を、行事や風習に取り込んできた先人の知恵には脱帽するしかない。

  カナリアの餌に束ねたるはこべかな 正岡子規
  朝はまだ素直なこころはこべ萌え 船迫たか
  俎(まないた)に薺(なずな)のあとの匂ひかな
                    内藤鳴雪

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