草稿ノート草稿ノート

セレブレーション(幻想都市紀行1)

 セルウッドの町のスーパーマーケット、〈New Seasons〉で買物をしていたら、調子の高い声の店内放送が流れ、ウオッ、と歓声が上がった。お客と店員の拍手に、口笛が混ざった。レジのあたりで、ふざけた調子で感謝状が読み上げられた。一人の女性店員が、それを手にしてうれしそうに笑っている。周りのみんなも笑っている。この店で10年勤続した彼女を祝ったお祭り騒ぎだった。お店の外では、ホームレスが笑っていた。

ニューシーズンズの店内で

 〈New Seasons Market〉にはよく通った。あるとき、セルウッドの町の分かりやすい地図がないだろうか、と店員にたずねた。店員は「ちょっと待って」と言ってバックヤードに引っ込んだ。そして急いで描きあげた地図を持ってきた。数ブロック先にある図書館への案内だ。「図書館に行けば、セルウッドの地図がタダでもらえるよ」

 またあるときボクは、〈New Seasons〉のアウトテーブルでサンドイッチを食べていた。そこに大きな音を立てて、店のカートを引いて、ふたりのホームレスがやってきた。ビンとカンを満載していた。彼らが店内に入ってウォーターサーバーから水を汲んで飲んでいると、近くの店員がすぐに声をかけてきた。店員とホームレスは一緒に外に出て、ビンとカンを大袋に仕分け、カウンター器でカウントを始めた。その間も三人のおしゃべりは止まらない。

 〈New Seasons〉での小さな目撃は、たまたまの「いい話」かも知れないけれど、「いい話」が二つ三つ重なれば、その裏には大したことがたくさん隠れているものだ。

 たとえばこんなことだ。〈New Seasons〉は小さなマーケットなのに、店員がたくさんいる。だからお客の世話もやけるし、ホームレスの相手もできる。けれども、商売としてはどうだろう。地元の新聞〈Oregonian〉が「給与の引き上げをリードする〈New Seasons〉がまたもや時給を引き上げた」と報じていたことがある。店員がいつもご機嫌に見えるのは、そのせいだろうか。でも、会社の懐事情はどうだろう。陳列棚にはコーラ類が売られていない。すべてがオーガニックというわけではないけれど、持続可能の仕組みに乗った商品に傾斜しているようで、値段はちょっと高い。

 こんな店で、10年勤続の店員を祝って、店員と、お客と、ホームレスとが、お祭り騒ぎをしていた。脳天気な言い方だけれど、店内では〈Celebration〉が聞こえたような。いや、たしかに、誰かが歌い出していたのではないかな。

 I think you wanna come over
 Yeah, heard it through the grapevine

 こっちへ来てよ
 あんたのことは聞いてたから

 Are you drunk or you sober?
 Think about it
 Doesn’t matter

 酔ってるとか、しらふとか
 そんなことは
 どうでもいい

 And if it makes you feel good then I say do it
 I don’t know what you’re waiting for

 気分が乗ったなら始めて
 待ってることなんてないわ

 マドンナがそう優しく歌いかけている。

 Boy you got a reputation
 but you’re gonna have to prove it

 あんたは評判ね  だけどそれを証明しなけりゃね

 And if it makes you feel good then I say do it
 I don’t know what you’re waiting for

 気分が乗ったなら始めて  待ってることなんてないわ

 どんな小さな一歩でも、踏み出せればそれは奇跡だし、なし遂げられればもっと奇跡だ。だからそんなときにはいつでも、Celebration(お祝い)があっていい、マドンナはそう歌っていた、かも知れない。だいぶ歌詞を端折って紹介したけれど。

ニューシーズンズの店内で

 照れくさそうにしていた女性店員は、「待って、待って」と言いながら、胸を押さえて短い挨拶をしていた。ゆっくり話すひと言ひと言に、小さな歓声や口笛が続いた。彼女の手にあったのは、表彰状ではなく、感謝状だった。

2020/11/11 NozomN

・この連載の英文和訳は〈グーグル翻訳〉の助けを借りています。
Photo/MariY2017