草稿ノート草稿ノート

ある雨の日に(幻想都市紀行2)

 〈New Seasons〉にスキッピィのピーナッツバターを買いに行ったら、スキッピィはなくて、代わりに〈Wild Friends〉があった。ラベルには片目をつぶったリスが描かれている。

 〈New Seasons〉が選んだのだから、オーガニックな材料を使い、環境に配慮するメーカーが作ったものだろう。このときは買わなかったけれど、日本に帰ってからメーカーのサイトを見に行った。

 〈Wild Friends〉のホームページには、「One rainy day」というタイトルがついた〈Our Story〉があった。

ある雨の日に、私たちはオレゴン大学のアパートにいて、ピーナッツバターの空のビンの底をさらっていました。 空腹の大学生であり、アスリートであった私たちは、たくさんのナッツバターを食べてしまったのです。でもふたりとも、雨の中を自転車に乗って買い足しに出かける気にはなりませんでした。そこで私たちは、自分たちでナッツバターを作ろうと考えました。私たちにふさわしい栄養基準で、おいしさや良い香りを損ねないナッツバターを。その日、〈ワイルド・フレンズ〉は誕生したのです。

One rainy day at the University of Oregon, we were in our college apartment, scraping the bottom of yet another empty jar of peanut butter. As hungry college students and athletes, we ate a lot of nut butter, and on this occasion, neither of us felt like biking to the store in the rain to buy more. So we decided to try making our own nut butter that could meet our high nutrition standards, without compromising on great taste or fun flavors. That day, Wild Friends was born.

 ふたりの女子大生、キーリーとエリカは、自分たちの好みの、ナチュラルで低糖なナッツバター作りに励み、〈Wild Friends〉という小さなブランドをスタートさせた。当初は〈Squirrel Friends〉の名で売り出したそうだ。しかし老舗のピーナッツバターメーカーの〈Squirrel Brand〉から訴えられ、急いで商品名も社名も変えた。

 それからいろいろなことがあった。2016年の『フォーブスWeb版』では、こんな話をしている。

 生産を拡大する資金を得ようとして、〈シャーク・タンク〉に挑んだ。〈シャーク・タンク〉はアメリカで人気のテレビ番組である。事業や投資の達人たちを前に、小事業家たちがプレゼンテーションをして、その場で資金を得ようという趣向だ。

 シャーク(獰猛な達人)たちは、その事業が有望と見るや、有利な条件で会社ごと飲み込もうとかかってくる。もちろん小事業家の方も、相手に飲み込みたいと思わせることが第一だ。しかし真の闘いはここからで、双方は投資額と株式保有率をめぐって丁々発止となる。

 番組が放映されたとき、プレゼンテーションの評価は上々で、ふたりはちょっとした「時の人」になった。そしてシャークのひとりからオファーを受けた。 しかしふたりはこのオファーを蹴った。「オファーを受ける準備ができていなかったのでホッとした。これに乗ったら私たちの心がゆがみそうだった」と振り返っている。

 彼女たちはその代わりに、クラウドファンディングサイトの〈キックスターター〉に目を向けた。夜中にナッツバターを作り、日中にファーマーズマーケットや町中のフェアで売る。そんな自分たちの身の丈に合いそうに思えたのだ。支援は投資家のシャークたちからではなく、自分たちのナッツバターを喜んでくれる友人たちから募ろうと考えた。

 10ドルの支援者には2オンスのナッツバター、手書きの感謝状、会社のステッカー。100ドルの支援者には5パックのナッツバタージャーとリスのTシャツを贈る。 このクラウドファンディングで1万ドル以上を集めた。その資金でナッツバター10,000瓶を生産し、オレゴン州全体で販売する態勢を整えた。

 2012年の〈シャーク・タンク〉から4年後、23歳になったキーリー・ティロットソンと25歳のエリカ・ウェルシュは、ナッツバターで700万ドルの売上を上げていた。ポートランドを拠点にして、コストコ、クローガー、その他のスーパーマーケットに棚を持ち始めた。このころには、キーリーの父親、ブルース・ティロットンが参加して、〈Wild Friends〉を全米のスーパーに拡げるセールスの先頭に立っていた。

〈幻想都市紀行3「オネスト・ティ」〉へ続きます

2020/11/19 NozomN