草稿ノート草稿ノート

オネスト・ティ(幻想都市紀行3)

 〈Wild Friends〉は、創業者のひとりであるキリー・ティロットソンの父親、ブルース・ティロットソンが加わってから、売上が拡大し始めた。ブルースはそれまで、〈Honest Tea〉で働いていた。

 1998年に創業された〈Honest Tea〉は、「甘くなくて味のあるお茶」をボトルに詰めて、またたく間に愛飲家を増やしていった。日本人には不思議な感覚だが、瓶詰め飲料の激戦国であるアメリカでも、そうしたカテゴリーのお茶はなかったのだ。緑茶でさえも甘かった。

 そこに、甘くなくて、茶葉の味が感じられる飲料が登場した。オーガニックに徹し、エコロジーを追求した。2009年には、オバマ大統領が好むのは〈Honest Tea〉であると、ニューヨーク・タイムスが報じた。

 〈Honest Tea〉は、CEOであるセス・ゴールドマンと、その師である経済学者、バリー・ネイルバフが立ち上げた会社だ。セスは肩書きをCEOではなく「TeaEO」とシャレるほどお茶に入れあげたが、ハーバード大学、イエール大学大学院を卒業して最初に就いたのは、投資信託会社だった。

 セスは、イエール大学大学院で、コカ・コーラとペプシの競争戦略などを研究していた。その後投資コンサルタントをしながら、飲料の競争戦略が気になっていた。あるとき「なぜ世の中には甘い飲料と味のない飲料しかないのだろう」という疑問に取りつかれた。そしてイエール大学の恩師であるバリー・ネイルバフに相談をもちかけた。

 バリーはイエール大学の経済学部教授で、ゲーム理論の専門家だ。日本でも『戦略的思考をどう実践するか エール大学式ゲーム理論の活用法』など7冊が訳出されている。7冊がいずれも共著であることが、バリーのゲーム理論の核心「ゼロサムゲームよりも協同ゲームの方が成果が大きい」ことを物語っているのかも知れない。

 バリーはセスの話を聞いて、新しい飲料会社を設立するように働きかけ、出資も経営参加も申し出た。「正直なお茶」というブランド名も彼の提案だった。

 〈Honest Tea〉は1911年にコカ・コーラの買収に応じた。その後ふたりは、同社の設立と経営の経験を詳しく述べたグラフィックブックを執筆した。日本でも『夢はボトルの中に―「世界一正直な紅茶」のスタートアップ物語』として漫画形式で出版されている。また同社のストーリーはセスによって〈TED〉でも語られていて、こちらも面白い。

 『夢はボトルの中に』では、彼らがくぐり抜けたさまざまな問題や試練が66項目に分けられ、スタートアップの教科書にもなっている。実際にハーバードビジネススクールのテキストに使われたこともあるという。この本の最後に、「セスとバリーの11カ条」という項目がある。

1 信じられるものを立ち上げろ。それが偉大なブランドを築くための第一歩だ。
2 10%の改善を目指すな。これまでより圧倒的に優れたもの、根本的に違うものを作れ
3 コピーされることを覚悟せよ。模倣されて生き残れないようなら始めるな
4 不運や失敗に備えて金とエネルギーを貯めておけ
5 売却するその日まで、絶対に支配権を手放すな
6 重要な点で妥協するな。それ以外は妥協してもいい
7 超低予算で目標を達成する方法をみつけよ そしてその予算を半分に削減すること
8 経営はマラソンだ。短距離走ではない
9 家族を大切にし、自分の心と体の健康を保て 笑顔を忘れるようなら、生活を立て直せ
10 永遠に所有するつもりで、企業とブランドを育てよ
11 ルールに縛られすぎるな、法律を破らなければいい

 さて〈Wild Friends〉のキーリーの父親であるブルース・ティロットソンは、こうした〈Honest Tea〉の創業期の社員として、創業者たちの強烈なフィロソフィと、創業の熱気と、支持が急拡大する商品コンセプトを、その身いっぱいに浴びた(はずだ)。ブルースはそれまでも娘たちの事業にアドバイスを与えていたが、〈Honest Tea〉がコカコーラに買収されたのを機に同社を辞め、〈Wild Friends〉の拡販にフルタイムで取り組むようになった。

 こうして起業から10年余で全米を席巻した飲料メーカーのフィロソフィとコンセプトは、〈Wild Friends〉の血脈に注ぎ込まれた。だが同時に、別の方面から押し寄せてきた文化の波は、もっと圧倒的だった。彼女たちは、地元ポートランドの、〈New Seasons〉と出会い、衝撃を受けたのだ。

〈幻想都市紀行2「ある雨の日に」〉から続いています

〈幻想都市紀行4「ニューシーズンズ」〉へ続きます

2020/11/28 NozomN