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ヨロコビの社内誌 1 理想の社内誌

理想の社内誌、というのがあるとすれば、どんなものだろう。

社内誌が手渡されたとたん、社員がカニを食べてる状態になるようなもの? 待たれていて、すぐにページを開きたくなるから、みんなの顔が下を向いたりして。

使用前と使用後がハッキリしている、というのもあるかも知れない。映画館を出た人が、泣き顔だったり、肩を怒らしたりするのと同じように、
社内誌を読み終えたら、身体の様子が変わってしまう感じかな。

社外の人が楽しみにしている社内誌、というのもステキだ。顔見知りの彼らはこんなこと考えて仕事をしているのかあ、こんな会社にしようと奮闘していたんだねえ。そこに触れることができてヨロコブ顧客、取引先、OBやOG、投資家たち。

こんな風に、どんな方向や言い方でも良いが(と言うと乱暴だけれど)、まずは理想の社内誌について思い巡らすことから始めるのが良いと思う。その次に作り方を考える。この順番がとても大事だ。理想を言うのはカンタンだ、とよく言うけれど、理想を描くのは、意外と難しいのではないかな。理想は、深く考え、広く想像することで描かれる。だから作り方から始めてしまうと、深く考え、広く想像することをスキップしがちだ。そうすると編集が平板になり、社内誌が平凡になる。それは、どの仕事でも同じだよね。

どの仕事でも同じ? そう、どの仕事でも同じだ。営業も、制作も、製造も、経営も、伝票処理のような仕事も。

伝票処理なら、まずは理想の伝票処理を思い浮かべるところから始めるということ。新人だったら、ここにある100枚の伝票をノーミスで処理する、1ヶ月間ノーミスを続ける、処理時間を1ヶ月で半分にする、そんな理想の状態を思い浮かべる。そうして、そんな状態を実現できるやり方を考える。

さらに伝票処理のノーミスや時間短縮の理想を追うと、伝票の仕様や記入の仕方や、提出ルールについて手をつけたくなくなる。つまり、自分の作業能力を上げるだけではなく、他人や書類フォームに働きかけたくなる。さらにさらに理想を追求すれば、部門間の伝票のやり取り、経理全体との整合など、組織やシステムに働きかけたくなる。

あるいは別の理想があるかも知れない。伝票処理を通して社員や事業をサポートする、というのはどうだろう。たとえば交通費伝票に目を凝らすことで、営業担当をサポートするのだ。「近ごろ大きな案件が動いていて大変ですね。制作担当の人たちも大がかりに動いていますね。頑張ってください!でも種まき営業が少なくなっているようだから踏ん張りどころですね」といった具合。交通費伝票を見て、頻繁に行く先、行かなくなった先、行けていない先などに注意を払い、営業行動を応援しながら、気づきをフィードバックするのだ。

あるいはまた、交通費伝票を手がかりに、営業部課の顧客プロフィル(たとえば既存顧客か新規か、規模の大小、業界別など)と、売上高、利益高、売上高伸び率、利益高伸び率、営業及びスタッフの訪問回数などのレーダーチャートを提供サービスする。それぞれの営業部課が、安定化や成長化をどのようにバランスさせているかが分かり、部課の経営に役立つかも知れない。

こんなことを言っていると、だんだんと伝票処理からかけ離れていくように見えるかも知れない。けれども、理想を描くことで、どんな仕事も、どこまでも行けるのである。

パナソニックホームズの礎石となった西尾稔さんは、高卒で松下電工に入社して、倉庫に配属された。新入りだから、梱包材の組立てや片付けを担当させられた。その頃の梱包は、ほとんどが木枠だった。

釘を打ち付けて組み立てる木枠は、とても持ちやすい。けれども、重量物を入れると搬出入で釘が抜けやすい。倉庫事故は、釘が抜けて荷が落下したときに起きやすかった。ベテランはこんなとき、荷の木枠の底にチョンとくさびを入れて隙間を作り、荷を底から持ち上げる。ところが今度は、ギックリ腰が多くなる。

西尾さんはそんな様子を見て、解決策をいろいろ考えた。そして解決策をいろいろ思いついた。荷を置く高さを膝高にすると良さそうだが、高さの分だけ倉庫にアイドルスペースが生まれる。西尾さんは手間やコストをにらみながら、やがてもっともカンタンで効果的な解決策を見つけた。バケツに水と塩を入れ、その中に釘を浸しておくのだ。釘はすぐに錆びた。錆びた釘は抜けにくくなった。

サビクギ作戦は倉庫担当の間ですぐに広まった。松下電工の親会社である松下電器産業でも広まった。下請け会社でも広まった。西尾さんはその後、搬入搬出時のクルマの進入退出路の改善や、搬出入から考えた倉庫設計にまで手を広げていく。松下電工に住宅建材部門ができたときに部門長からスカウトされた。この部門がパナホームとして独立するとき、初代の社長に任命された。

初めて西尾さんにお目にかかったのは、パナホームの会長に就任されたばかりのときだった。ぼくはこの有名なエピソードを念頭に置いて、西尾さんに切り出した。「出来過ぎの新米で、周りもちょっと驚いたでしょうね」そのときの、西尾さんの返答が忘れられない。「うん、ぼくはね、理想の倉庫担当者になりたかったんだ」

(ツヅキます)

2021/2/8 NozomN

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