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19 肝不全カチョー説

縁起

 多少凡庸(ぼんよう)な作戦でも、首尾徹底と情報の瞬間伝達ができれば大概の敵には勝てる。こう考えたのはプロシアを併呑(へいどん)したドイツ騎士団である。この伝に従えば、ドイツ騎士団のコンセプトを実用にしたのが、ピラミッド型の組織だということになる。彼らは首尾徹底のため、ピラミッドの各段階に命令ポイントを作った。命令ポイントでは、復唱が徹底された。各段階では、命令が多岐選択に迷い込まぬよう、ブカへの作戦行動と、ブカのブカへの指示命令だけが伝達された。とにかく「作戦の首尾徹底と情報の瞬間伝達」という卓抜したコンセプトができた瞬間から、ピラミッド型組織も、その運営方法も、自明の如く出来上がったのである。優れたコンセプトとはそういう力を持っているものだ。でとにかく、この勝つためのピラミッド型組織は、その後長く会社の組織作りの範となったのである。そしてカチョーは長らく、上意下達(じょういかたつ)の中継ポイントとなってきた。

承前

 労働者の権利が言われ始めたころから、カチョーの機能には、ブカの利益代表行動と課間の調整、すなわちチームとブカのマネジメントが期待されるようになった。そうしないと上意下達が発揮できなくなったからだ。まとめてみればカチョーの機能は、上意下達と下意上通のふたつになったわけである。しかし上からの命令と下からの要望との中継ポイントであることは変わりはなく、カチョーの椅子はブチョーのそれよりも小さいが、ブカのものとは違って肘掛けなどがあった。

急転

 上意下達(じょういかたつ、ネ)と下意上通の二機能が、カチョーに併合されたことが新たな事態を生んだ。ヒラ社員は自分のモンダイをカチョーに上通し、カチョーに預けるようになった。ブチョーは自分の実行処理不能モンダイをカチョーに下達し、預け遂(おお)せるようになった。詰まるところ、中継ポイントたるカチョーは、新設が計画されないゴミ集積場とご同様、モンダイの瓦礫に埋もれることになったのである。カチョーの椅子にはまだ肘掛けがついているけれど、モンダイは常に処理許容量を超える状態である。アルコールや疲労を処理しきれずに肝硬変になるごとく、紫煙を処理しきれずに肺気腫になるごとく、尿酸を処理しきれずに痛風になるごとく、もはや肘掛けでは癒されぬカチョーなのであった。

結論

 カチョーの窮状(きゅうじょう)は、組織の窮状である。組織の窮状は、カチョーの窮状である。これは大きなビジネスチャンスであって、マネジメントサービス産業が安定と成長の二つ名を持ちながら今日の隆盛を極める所以(ゆえん)である。今では、カチョーに意識改革を迫り、技能技術を付与し、叱咤し激励する要素を基本に幾千の応用商品が開発され、なお増殖中である。これを滋養強壮ドリンクほどの効果という人がいるかも知れない。効能はあるが、極度の栄養失調の人にダイエットを勧めるが如き的外れであると指摘する人がいるかも知れない。なるほどカチョーのモンダイは、構造改革なくして生き残る道なしのところに差し掛かっているのである、というのがカチョー肝不全説の全貌である。正鵠(せいこく、弓の的の中心、核心)を射る説か、事大主義のたわごとか、それは判然としないが。