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57 面白がるという水やり

興味専心

 カチョーは、自らの工夫や成果を言い立てて悦に入る代わりに、ブカの工夫や成果に光を当ててやるのが職務である。殊に、ブカの発言や提言に接しては、これを大いに面白がることに専心したい。

ブカの発言を面白がる

 ブカの提言がカチョーを超えることが少ないのは、自明である。キャリアのあるカチョーから見れば、ブカの提言にはスキがあり、穴があり、欠落がある。しかし、スキや、穴や、欠落は、ブカの提言とともに顕在化したのであり、提言がなければそんなものは生じなかった。つまり、ブカが提言したことをこそ、奇貨とすべきなのである。奇貨とは、史記の呂不韋伝に出てくる言葉で、秦の相となった呂不韋が商人だった頃に出会った、趙の人質子楚を見て呟いた「奇貨居くべし」に由来する。子楚を得難い人材と見て「財宝を抱えておこう」と考えたのだが、提言するブカは、おしなべてカチョーにとっての財宝なのである。なお「奇貨居くべし」の物語に触れたければ、宮城谷昌光さんの『奇貨居くべし』をお勧めしたい。

面白いねえ!

 ブカの提言を聞くやいなや「面白いねえ!」と感嘆するのが、ブカの提言を面白がるコツである。まず「面白い!」と反応し、ブカと一緒に面白い要素を洗い出し、要素を組み合わせ(それはもうすでにブカが提言したものとは異質になっているかも知れないが)、それから、実行プロセスや問題点を検討するのである。そのようにして、並案が宝になるのを待つ。並案が宝になるのを待つだけではない。ブカが奇貨となることを待つことが、本筋なのである。

南無阿弥陀仏

 「面白いねえ!」を、乾坤一擲の一大イベントと考えてはならない。花木を育てる水やりと同じように、日常反復する必要がある。そんな反応をしていたらブカがつけ上がってしまう、などとケチなことは考えず、惜しみなく与える。他力本願の南無阿弥陀仏のごとく、絶え間なく唱えていて構わない。そう言えば、マネジメントとは、ブカにどれだけ力を発揮してもらえるかという他力本願ではなかっただろうか。

ブカバカ三昧

 とは言え、「面白いねえ!」と唱えて後押しし、引っ張り出したブカの成果を、カチョーは自らの成果と誇ってはならない。ブカの成果なのである。そしてブカの成果である限りは、それを大いに自慢してよろしい。自慢は自分をバカに見せて滑稽だが、ブカ自慢は親バカを思わせて微笑ましく、カチョーの品格をいささかも落とさないからである。