書斎から NozomN の書斎から

手拭い一本

 手拭いが好きだ。

 コロナになって、四六時中手を洗っている。それで四六時中手を拭いている。で、30分前に使ったタオルは何となく湿っているものだが、手拭いはもう乾いてサラッとしている。

 二、三回手を拭いたら、洗面所の鏡や水回りも拭いて、そのまま水洗いをして乾かす。1時間もするとだいたい乾いている。

 風呂では手拭いで身体を洗って、二、三度洗い絞りながら身体を拭いて、二、三度洗い絞りながら風呂場を拭く。風呂から出たら乾いたもう一本で身体を拭きなおす。二本の手拭いを洗い、そのまま手拭い掛に掛ける。

 外に出るときも手拭い二本をバッグに忍ばせている。ドライブで、いつかどこかで、良い湯に出会うかも知れない。そのときのために、ここ七、八年ほどの心得としている。まだその機会には恵まれていないが、手拭いがあれば心はいつも温泉なのである。

 温泉は空振り続きだが、攣りやすくなった脚の応急処置には有効だ。カバンから取り出した手拭いをタテ細に折り、腰紐くらいにしてズボンの上からギュッギュッと結ぶ。こうして筋肉をまとめてやれば、痙攣は治まってくる。

 手拭いを頭に被ればホコリ除けになる。このとき両端をクルクルと丸めて鼻の下で結べば泥棒にもなれる。ドジョウすくいを踊っても良い。薪や小枝を運ぶコンテナーとして使える。大木を引きずる引き綱にもできる。茹であげたソバの湯切り、水切りに使える。弁当箱を包むことも、一升瓶を下げて他家を訪れ相手を喜ばせることもできる。手拭いは多才、多用途なのである。

 パンを押し込んで焼くトースターなどは、ほとんど他の使い方ができない専用品である。これに対してコンピュータは無限の用途を持つ汎用品だ。概して、の話だが、専用品は美しい方向に進み、汎用品は野暮ったい姿に留まる。リバーシブルの洋服が、二用途になっただけで野暮になるのを見てもわかる。

 それなのに手拭いは、一枚の木綿で、お決まりの寸法で、進歩・改革・イノベーションとは無縁で、多用途で、それでも美しく、粋である。手拭いで財を成した、という人の話を聞かないのも気持ちが良い。

2020/12/16 NozomN